きょう

僕らが僕らとして 見上げたそらは
いつだって どこだって
高く青いわけじゃなく
時には 手 伸ばせば
届きそうな ことだってある


やはり 覚束ない明日
すこし 悲しい昨日

今日は どんな今日だろう


僕らが僕らとして 生きてく日々は
いつだって どこだって
なんか悲しい くり返し
けれど 手 伸ばせば
幸せ 触れる ことだってある


やはり 覚束ない明日
すこし 悲しい昨日

今日は どんな今日だろう
わからない だから

とりあえず 前を 向いてみよう、と思う
笠鷺 くう
2007年05月05日(土) 22時24分09秒 公開
■この作品の著作権は笠鷺 くうさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは、お久しぶりです。
いつものごとく、何の前触れもなく現れて詩を落っことしていきます。(笑)

例えば昨日という日がこの上なく不幸だったとして、明日という日も不安で溢れているとして。
じゃぁ今日も凄く不幸で不安でいっぱいなのかといえば、実はそうじゃないんですね。
決して昨日-今日-明日の繋がりがないわけではないのだけれど、今日を楽しく幸せに過ごすことだってできる。

ちゃんと明日のことを考えて生きるのは大切なことだけど、時には「今の自分」として「今日を今日として」楽しむってことも、息抜きになっていいんじゃないかな、とか。
そんなことを思った今日この頃です。

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手のばせば届きそうなことだってある・・ここ良いですね。息抜き大事。共感ですw 合瀬大学教授助手 ■2007年05月08日(火) 01時04分20秒
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